Melancholy






















「さて、出発しよう!」
「しよー!」

スノウの一声で、再び山登りがはじまった。
疲れが残っていないといえば嘘になるけれど、とりあえずさっさと終わらせて帰りたい。
・・・満場一致の意見だった。

「フィナ、大丈夫ですか?辛かったら、言ってくださいね。」
「うん、大丈夫・・」
「無理すんなよ?」

後ろの方を歩いているフィナに合わせて、ポーラとタルはゆっくり歩いていた。
実はこの三人、ちょっと仲が良かったりする。
やっぱり昨日の事があるし、心配なのだろう。
悪いな、と思いつつも、フィナはくすぐったいような嬉しさで頬が緩むのを抑えられなかった。

暫くは、穏やかな山道を何事もなく登っていた。
けれど、丁度八合目まで来た頃だろうか。



「・・・スノウ、止まれ。」
「ケネス?」
「何かいるぞ。」



両隣の茂みから、ガサガサと音がする。
ただの動物か、それともモンスターか。

スノウが静かに剣を抜く。
皆もそれに習い、剣を抜いた。
前の方にいたスノウ、ケネスがジュエルを庇いながら茂みに剣を抜く。

後方にいたタルも、背中にフィナとポーラを庇いながら剣を茂みに向けた。



「フィナ、お前はじっとしてろよ。本調子じゃねーんだろ?」
「タル、でもっ・・」
「タルの言うとおりです。ここは任せてください。」

二人同時に説き伏せられ、フィナは仕方なく二人の間で大人しくなったのだった。















「―――来るぞ!」



 ケネスの言葉がまるで引き金だったかのように、前方後方両方から、ザッと獣が飛び出した。
「! 昨日のやつと同じだぜ!」
 タルが応戦しながら言う。
「後はいないみたい!」
 今目の前にいる2匹だけ! ジュエルが叫ぶように言う。

「へへっ、楽勝!」
「援護します」
「ハァッ」
「ハッ!!」

 スノウとケネスの連携はきれいに決まった。
「ギャウッ!!」
 獣は悲鳴をあげて、それでも2人に向かってくる。
「タル!!」
「心配すんなって!」
 言葉と共に、タルは力強い一撃を獣に食らわせた。
「キャイン!」
 獣は一瞬ひるんだが、狙いをポーラに変えてまた向かってきた。
「ハッ」
「ギャゥッ」
 しかし、すばやいポーラの攻撃に、今度こそ地に伏した。
「……」



 フィナは、それをただ見ていた。




「…なんとか、なったな」
 ふう、とスノウは息をついた。
 グイッと額の汗をぬぐったとき、心配そうにそれを見ていたフィナがかけよった。
「! スノウ、血が」
「え? あ、本当だ」
 獣の爪が頬をかすったらしく、薄っすらと血がにじんでいる。しかし深くはない。
 フィナに言われるまで気づかなかったくらいだ。
 このくらい、なめておけばなおるよ、とフィナに言って、おくすりを出そうとしているフィナを止める。
「…っ、でも」
「大丈夫さ。心配いらない」



 にっこり笑ってそう言うと、フィナは何を思ったか背伸びをすると、ペロッとスノウの頬をなめた。






「フィッ・・!!!」

空気がカチンと、凍った瞬間だった。

「これで、大丈夫。」
「あ・・・ああ。あ、ありがとう、フィナ。」

スノウはにこりと。
・・笑ったつもり、だった。
実際は引きつり気味に頬が上がっただけだったが・・・


「・・・スノウ、顔真っ赤だよ?」
「スノウ・・お前・・」

タルとジュエルがじとじと見てくるので、スノウは慌てて、
「さ、先に行くぞ!!」
と走っていってしまった。

一番の原因であるフィナは、きょとんと首を傾げるばかりだ。




「なー、フィナ。」
「???」
「・・・今のはなー、ちっと心臓に悪い。」
「・・・?タル、熱?」


今更ながらに気付く。
タルも
ケネスも
ポーラも
ジュエルも

・・・みんな、顔が真っ赤だった。








「…何か、ダメだった?」

 フィナが心配そうにケネスに問う。
 それは、今朝フィナが集めてきた果物の中に、悪いものが混じっていたのではないかと心配したからだ。
「あーいや、そうじゃない」

 ケネスはどう答えたものか、視線をぐるりとめぐらせてから、フィナを見た。

「?」
「あー、フィナは疲れていないか?」
「うん」
「そうか」
 それならいい、と笑ってケネスは先を行くスノウに追いつこうと足を速めた。
「…?」
 フィナは、らしくないケネスに首を傾げながらも、ポテポテと歩く。


「お、見えたぜフィナ」
 タルの言葉に、視線を草木から前方にうつす。
 空だった。
 山の頂を通り越して、空が見える。もう、頂上は目の前だ。
「さあ、もう一息だ」
 スノウの言葉に、誰もの足が早まった。













「・・・さて、山頂についたはいいけど。」
「・・・・何もありませんね。」

山頂はのっぺりとした空間だった。
訓練場より少し広いくらいの空間に青葉がそよそよと揺れている。
本当に何にもなかった。


「・・・まぁ、要は山頂まで行った証拠を持って帰ればいーんだろ?」
「そうだな。」
「じゃあ、ここにしかないものを探せばいいって事かな?」
「・・・そういう事になるな。」

ここにしかないもの。
と、言うが。
ここには、葉っぱや草やら、何処にでもあるようなものしかない。
それでも探さないよりマシだろうと、五人は手分けして草を掻き分け始めた。




「・・・・・・・。」
「フィナ、何かあったか?」
「・・・・何も・・」
「そっか・・・草ばっかだもんなぁ。」


はぁと溜息をついて、タルは視線をを前にやった。
・・・すると視界の隅に、なだらかな山の斜面が急に削れている場所がうつった。
崖に近い急な斜面。
その中腹に、綺麗な白い花が咲いている。




「・・・・あ。」
「?フィナ、あの花知ってるのか?」
「・・・うん。」


 いつか。いつだったか。
 結構前の訓練で行った島にも、同じような花が、あって…。

 ふらりと、フィナはそちらへ誘われるように足を進める。

「…」
「フィナ?」

 タルが止めようかどうしようか迷って出した手は、フィナには届かなかった。

「…」

 あの訓練の後気になったから騎士団の書庫で調べて…。
 それで…。

「フィナ、そっから行くな!!」
「っ、ぇ」

 タルの言葉に振り返ろうとしたとき。
 ガクンッと体が急に重くなったような気がした。
 何が起こっているのか理解する暇も余裕もない。ただ気持ちの悪い浮遊感がうまれて。

「フィナー!!」
「―――っ」

 タルの声がどこか遠くから、聞こえた。











「タル?どうしたっ?」

タルの大声に、皆一斉にそちらを振り向く。

「タルッ、何があったの!?」
「フィナッ、フィナ、返事しろ!」
「・・・まさか・・落ちたのか?」

砂がパラパラと崩れ、零れる音がする。
タル達は足場のしっかりした所から、崖の下を覗き込んだ。

「フィナ!!!」

「・・・・・タル、どうしよう。落ちちゃった・・」

「それより、怪我ねーのか!!」


フィナは少し俯いて考え込む仕種を見せたが、こくりと頷いた。


「ケネス、確か荷物の中にロープがあったよね。」
「ああ。フィナ一人引き上げるくらいなら造作ないだろう。」
「とってきます。」

慌ただしく皆が動き始める。
フィナは、崖に丁度できた出っ張り・・花が群生している場所に落ちた。

幸い花がクッションになり、大きな怪我は免れたのだ。
甘い匂いが鼻をくすぐる。

「・・・・・・」

状況が状況なんだから、こんな事を思うのは不謹慎だと思ったけれど。
フィナは、少し得をした気分になった。












「、ありました」

 ポーラがロープを持って走って戻ってきて、ケネスがそれを自分の腰にまいた。

「タル、支えていてくれ」
「ああ、判った」
「大丈夫? ケネス」
「心配ない。たぶん、俺が一番適任だろう」

 ケネスはそう言うと、スルスルと下へ降りた。
 タルがその命綱を持ち、後ろでスノウが余ったロープを木につなぐ。

「ケネス…」
「怪我は、フィナ?」
「たぶん、なっ」

 ない、と言おうとしながら起き上がろうとすると、突然足に激痛が走った。

「足を痛めてるな」
「…ごめ…」
「上にいけるまで、我慢できるか?」
「うん」

 これ以上迷惑はかけない、とでも言うように、フィナはコクリと頷いた。

「無理するな。痛いなら、泣いていいんだからな」
「…泣かないよ」
 ケネスはいつもするりと頬をなでるような言葉ばかりをくれるから、フィナはくすぐったくて微笑んだ。

「さあ、捕まるんだ」
「ん。あ、花」
「? ああ、フィナか」
「…」



 それはこの花の略称だった。
 山のそれなりに高いところにしか咲かないその花は。
 つぼみのときは黄色く、だが咲くのは白い白い花。
 フィナリア・スターシア。
 花は、たしかそんな名前だった。

 フィナはその花を、ごめんね、と言いながらプツリと一輪とった。









「せーの!!」

タルとスノウが、ぐいっとロープを引っ張る。
比較的軽めの二人とはいえ、二人分の体重を重力に逆らって引っ張り上げるというのは大変な事だ。

ケネスはタル達が持ち上げやすいように、時折崖に足をひっかけていた。


「フィナ、ちゃんと掴まっていろ。」
「うん。」

それほど高い崖なわけではないけれど。
風が吹くたびにぐらぐら揺れるし、ロープは食い込んで痛い。

ケネスはフィナを落さないようにグッと抱き寄せると、もう一度崖の壁を蹴った。



「二人とも、あと少しだよ!頑張れー!」


ジュエルの声が、少し大きく聞こえる。
上に近づいてきた証拠だ。


「フィナ、先に上がるんだ。タルに引き上げてもらえ。」
「う、うん・・・」

「タル!!!!フィナを先に!」




「フィナ!!!」


タルがぐっと、フィナに向かって手を伸ばした。











「はー。ったく、危ないぞ、フィナ」
「…ごめん」

 タルはフィナを抱きしめながら、その頭をなでる。
 スノウが頑張ってケネスを引き上げた。

「すまない、スノウ」
「怪我はないのかい?」
「ああ、俺はな」
 ケネスは心配そうに、タルに抱っこされたままのフィナに視線をやる。

「怪我しなかったか?」
「…」

 フィナは迷った。
 怪我をしたといえば、きっとタルは自分をかついで下山するだろう。
 だけれどそんなこと、させられない。

「大丈夫」





 だってフィナは、タルが好きだから。
 心配かけたくない、迷惑かけたくない。
 重荷になんて、なりたくない。

 ケネスは腕からおろされるフィナを見ながら、やっぱり、とため息をついた。








 








折り返し地点。
フィナが怪我しました。でも黙ってる子だと思うのです。
そしてケネスはいい人です。いい人ったらいい人です。
フィナリア・スターシア、という花は、朔さんの造語ですー。
綺麗な響きですよね・・・。きっと、綺麗な白い花です。
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