誰かが、呼ぶ声がする。 起きなきゃ。 起きて、言わなきゃならない事がある。
「・・タ・・ル・・・・・」
弱々しい声。 早く皆の所に連れて帰って、ちゃんと休ませてやりたい。 でも、まずは言わなきゃならない事がある。
「この・・馬鹿!!!!」 「・・・・・・っ、」 「一人で行動すんな!何の為のグループだと思ってんだ!?」 「・・・・ごめ・・・ん・・」
初めて見る。 こんなタルは。 とても怖かった。タルに怒られるのは初めてだった。
でも、自分を支える彼の手が震えていたから。 彼の眦に光るのはきっと、汗なんかじゃないから。
フィナは小さく頷くのを、ただただ繰り返した。
「もう勝手に行動すんな。」 「・・・・・・うん。」 「危ない時はちゃんと叫べ。助けを呼べ。」 「・・・・うん。」 「・・まあ。無事で、良かったよ。」 「・・ごめん。」
最後にそう呟いたタルの顔は、少し赤いようにフィナには見えたのだった。
「立てるか」 「…」 どうにか立とうとしたフィナだが、思うように体に力が入らない。
「無理そうだな。んじゃ、しゃーないな」 「っ!?」 ひょいっと自分を持ち上げてしまったタルに、フィナは驚いて目を見開く。
「た、タル…っ」 「ん?」 「あ、歩ける」 「何言ってんだよ、無理だっただろ?」
おかしなことを言うなー、と笑うタルはもういつもどおりで、フィナはホッと息をはいた。 タルは、そんなフィナに納得したのだろうと勘違いして、スタスタと歩き始めた。
「あ、俺、枝…」 「ああ、拾ったのか。ありがとうな」 「…」
迷惑をかけたのにお礼を言われて、フィナは恥ずかしそうにうつむいた。
途中、フィナが集めた枝や果物をフィナに再び抱えさせ、それごとフィナを抱き上げて、また歩き始めた。
「…なぁ、フィナ」 「…」 何? と不思議そうに見上げてくるフィナに、苦笑いする。 「腹減ったな」 「…うん」
こんな時に言うのもなんだけど、本当にお腹がすいた。 フィナは、自分のお腹の上にのっけている果物のうち、一口で食べられるものを選んで、タルの口元に持っていった。
「口、あけて」 「あー…」
開いた口に、ポイッとそれを放り込む。
「ん…? 何だこれ」
口をもごもごさせながら首を傾げるタルと同じように、フィナも首を傾げた。 「知らない」 「って、おい、フィナ。何か判んねぇもんを俺に食わせたのかよ?」 「毒見した」 「……」
タルは立ち止まるとフィナを見おろして、それからまあいいか、と思いなおしてまた歩き始めた。
「? タル、どうしんだ?」 「何が? あ、フィナ、もう一個くれ」 言われるままに口に果物を入れながら、言う。 「さっき止まった」 「あー、別に」 「…重い?」 ごめん、と謝るフィナに首を振る。 「重くないって。むしろ軽い。お前さぁ、もっと飯食べろよー」 「た、食べてる!」 ムッとして言い返してくるフィナに、タルはカラカラと笑う。
程なく、見覚えのある場所に差し掛かった。
「お。ここ昼間通ったトコだな。チョークの印もある。 さて、ちょっと急ぐか。平気か?」 「タルの方こそ・・・。」
フィナはまた申し訳なさそうに俯く。 本当に、気にする事なんてないのに。無事だっただけでめっけもんだったんだから。
視界の端にちらりと赤い光が見える。 炎だ。
「ねぇねぇ、タル・・遅いね。」 「・・・だが、探しに行くわけにもいかないだろう?」 「・・・・そうですね・・。」
タルはこのメンバーのムードメーカーみたいなものだから、いなくなった途端とても静かになってしまう。 しかもこんな状況だ。 いつも明るいジュエルも不安そうな顔。
「・・・やっぱり、僕が行く。」 「スノウ!?」
沈黙に耐えられなかったのか、スノウがすっくと立ち上がった。 驚いてケネスがそれを止めに掛かる。 こんな真っ暗闇で探しに行っても、逆にこちらが迷いかねない。
「・・・このまま待ってたんじゃ、朝になるよ!」
スノウがケネスを振り切ろうとした時。 遠くから、声がした。
誰が一番先に立ち上がったのか。 気づいたら、皆走り出していた。
「っ、フィナ!?」 「無事なのか!?」 「大丈夫なの、フィナ?」 「大丈夫ですか?」
見えてきた人影にそう叫ぶ。
「…お前ら俺の心配はしてないのかよ」 かけよってきた皆が皆、フィナの心配をするのでタルはちょっと拗ねたように言った。
「って、何でお姫様抱っこしてるの?」 「ちょっとな」 「モンスターか」 「ああ」 「タル…」
フィナが申し訳なさそうな顔で、タルを見上げた。
「もう、大丈夫、だから」 「すぐそこだろー、いいからお前休んでろって」 タルの言葉に、でも、と言おうとしたがタルが歩き始めたので口にはできなかった。 「なんかフィナ、顔青いけど…」 「何か術かけられてたみたいだからな。やっかいな奴だったぜ」 「…そうか」 ふむ、と考え出したケネスの隣にフィナを下ろして、タルも座った。 「…大丈夫ですか、フィナ」 「うん」
前からかけられた声に頷いて応える。が。「っ、と。お前まだフラフラだな」 ぐらりと上体が揺らいで、隣のタルに支えられる。
「ご、ごめ…」 「フィナ、君はもう休むんだ」 スノウが少し強い調子でそう言って、荷物の中から一番大きなタルの上着を出した。 「ほら、ここに横になって」 「え…」
でも…。皆よりも早く横になるなんて…。 そんな遠慮をするフィナに、スノウはため息をついて言った。
「いいかいフィナ、これはリーダーの命令だよ」 「…はい」
フィナはそう言われてはもう何も言い返せなくて、促されるままに横になった。
「寒くない?」 ジュエルの言葉に、フルフルと首を横に振る。 「何か欲しいものはありませんか?」 ポーラの言葉にも同じく首を横に振る。 「俺、平気だから。皆、ご飯食べて…」 フィナの言葉に、果物のことを思い出したタルが脇によけていたそれを前に出した。 「っと、そうだそうだ。フィナが果物持って帰ってくれたんだぜ」 「わぁ!!」 「おいしそう…」 「…悪いな、フィナ」 「ありがとう」 「うまかったぜ、フィナ」
「……」
みんなの言葉に、フィナは小さく微笑むと吸い込まれるように、眠りに落ちた。
「えーと。さて、誰が火の番をする?」 「あ、タルは駄目だよ!タルも疲れてるんでしょ?」 「ん?あーー、俺は別に構わねぇけど・・」 「駄目です。」 「・・・わ、わかったよ。」
火を囲んで一段落。 フィナはスノウとタルの間で小さな寝息を立てている。 さて、話は火の番の順番なのだが。 フィナはもうすっかり夢の国の人だし、タルだってそろそろ体力も限界。
「やはりここは公平に。」 「ああ。」 「ですね。」 「やっぱ、それしかないよねっ!!!」
??? タルは首をかしげて、四人を見守った。 隣で横になっているフィナがもぞもぞ動いている。 騒がしいから、起きてしまったんだろうか?
そっとタルがフィナの声をのぞきこんだ瞬間。
なんか、空気が燃え上がった。
「ジャーーーンケーーーン!!!!」
そう。 公平な手段。それは、ジャンケン。
隣で寝ているフィナの存在など忘れたように白熱したデッドヒートを繰り返した四人。 結局順番は、 ポーラ・ケネス・ジュエル・スノウの番になった。
そんな四人に、タルはこっそり頭を抱えていたとか。
フィナはゆっくりと目を開けた。
「…」 ふるふると太陽の光が彼を包み込み、体が朝を思い出す。 「…、?」 と、背中に温かな重みを感じてゆっくりと起き上がって振り返ると、タルがくっついていた。 「…」 ああそういえば、これ、タルの上着…。 フィナは申し訳なさそうにその上着をタルにかけた。
ぼんやりとする頭はしだいにはっきりし始めた。 どうやら最後の火の番だったらしいスノウは、こくりこくりと舟をこいでいる。 フィナはそれを確認して、それから昨日採ってきた果物がもうずいぶん少ないことに気づいた。 「…」
朝だから、しっかり食べないと。 フィナはそう思って、昨日タルがつけたチョークの残る樹を頼りに歩き始めた。
「・・・これくらい、で。」
両手に抱えるくらいの果物をなんとか探し終わって、フィナは急いで皆の所へ戻った。 昨日と違って明るいし、それにチョークの印もある。 迷う事はなかった。
でもやっぱり、一人でいくのはよくなかった。 案の定帰る頃には皆起きていて、またタルからこっ酷く怒られた。
「フィーーナーー!!お前はどうしてそう・・・!」 「ご・・ごめ・・起こすの、悪いかなって、思って、」
「まったく・・心臓が止まるかと思った。」 「もう!スノウが居眠りしてるからいけないんだよっ!?」 「うっ・・・・」 「・・・・・・眠い。」
タルは溜息をついて、俯いてしまったフィナを、よしよしと撫でてやる。
フィナは少し、泣きそうだった。 皆にこんなに心配をかけている自分が嫌だった。 なんだか、空回りしているみたいだった。
「あのな、フィナ?お前は何でも一人でやろうとすっからいけねぇ。」 「・・・・・・。」 「別に、俺達お前の事召使いだとか、そんな事思ってねーんだから。」 「・・・・う、ん。」 「ここではさ、お前はただの訓練生なんだからな?」
フィナのこうした行動は、生来のお人よしで人好きな性格だったからかもしれないけど。 そう言ってくれたタルに、フィナの胸はじんと熱くなった。 一生自分につきまとって離れないだろう小さな枷。別に煩わしいと思った事はないけれど。
ほんの少し、嬉しかった。
「なにはともあれ、食事にしよう」
ケネスの言葉に、皆が頷いた。
「ほら、フィナ」 「あ…」 「こんなに集めて、大変じゃなかったのかよー? まったくお人よしだよな」
笑いながら、タルはフィナの手の中から果物をとってやる。
「ありがとな、フィナ」 「…」 お礼を言われるようなことではないと思っているフィナは、どんな顔をすればいいのかわからなくて困ったように首を傾げた。
「ねーフィナ、これ食べてみてよ、すっごくおいしい!」 ジュエルがぐいっとフィナをひっぱって自分の隣に座らせ、先ほど自分が食べていたものをどさどさとフィナのひざの上におく。 「これも、おいしかった…」 ポーラもその中にひょいひょいと果物を重ねる。 「おいおい、そんなに食べられないだろう」 ケネスが呆れたように2人を見ながら、熱いお茶を入れる。 「ほら、フィナ。これを飲んで温まるといい」 「あ、りがと…う」
ケネスからお茶を受け取り、温かさにホッと息をつく。 ジュエルとポーラは、今朝フィナが採ってきてくれた果物をおいしそうだと言いながら嬉しそうにどれを食べようかなーと選んでいた。 ケネスはコンパスと地図で方位を調べ、頂上までどのくらいかかりそうか計算し始めた。 スノウは火をいじりながら、ふああ、とあくびをした。 タルは、昨日布団代わりに使った上着をばさばさとテキトウにたたんでいた。
フィナは。 幸せ…、と微笑んだ。
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