Melancholy




















 その島は小さいが、とても大きな山がある。
 というか、その山こそが島なのだ。
 地図には、その山の頂に×印がされている。
 つまり、これを登れと…?
 フィナは、呆然と山を見上げた。ポーラも同じように見上げていた。

「さて。どうしようか」
「持ち物は十分だと思うが…時間がどうも、な」
 
 すでに太陽は中天を通り過ぎた。
 このままでは、登りきる前に暗くなってしまう。
 夜の山は危険だ。
 ケネスはどうしたものか、とあごに手を当てて考えた。

「なぁ、腹減った」
「あ」
 
 タルの言葉に、フィナが一番に動いて荷物の中から携帯用の干し肉と水を出した。

「おお、サンキュ!」
 タルはそれをありがたく受け取って、食べ始めた。
 小船を一番こいでもらったので、誰も文句は言わなかった。
「ねぇねぇどうすんのー? これ本当に今日帰れるの?」
 ジュエルが言って、ケネスが答えた。

「少なくとも、今の俺たちに倒せない敵が出るような場所に先輩達が行かせるとは思えない」
「それはそうですね」

 ポーラの同意を得、ケネスは続ける。
「ならば、多少危険だが登り始めてみないか?」
 その方が早く帰れるぞ。
 最後の言葉はほとんどジュエルに言っていたが。

「よーっし! それなら、ちゃっちゃと行っちゃおうよ!」
 むくっと立ち上がったジュエルに、ポーラも続く。
「行きましょう」
「よし、それじゃあ、進めるところまで進もう」
 スノウも立ち上がり、フィナが慌てて立ち上がる。
「ん、フィナこれありがとな」

 タルが幾分か遠慮して飲んだ水筒をフィナに返す。
 フィナは頷いて、大丈夫? と聞いた。

「ああ、平気だぜこんくらい!」
 元気な答えが返ってきて、フィナはコクリと頷いた。

 ケネスがコンパスで方角を確かめて、彼らは高い高い山へと歩き始めた。






歩き始めてそろそろ二時間。
もう西日が差し始めている。
西日というのは存外体力を奪うもので、体力の少ないポーラやジュエルあたりの歩みが遅れ始めた。

「大丈夫か?二人とも。」
「・・・・ええ。」
「だいじょーぶ・・かな?」

大丈夫、とは言っても。明らかに歩みが遅くなっているのは否めない。

「スノウ、タイムロスは痛いが少し休もう。
無理は禁物だ。」
「そうだね・・・。休もうか。」


出来るだけ地面が平らな場所を探し、荷物を下ろす。
何だかんだ言って、スノウ達男陣も疲れていた。

意外にもフィナはそこまで疲労していなかったようだ。
身軽だが体力はそれなりにあるのが功をそうしたのだろう。



西日のオレンジは、はあっというまに薄紫の世界に変わる。
一度腰をおちつけると、中々立てないのが人間の性と言うもの。
この時ばかりは、ケネスも何も言えなかった。

何しろ、海に暮らす自分達にとって山登りなど初体験だったのだ。
要領も何もわからず進んでは、後で痛い目を見るのは自分達。


「・・・ちょうど、開けた場所だし・・」
「ん?どうしたスノウ。」
「今日はここまでにしないか?明日に備える、って事でさ」
「・・ここまで暗くなっちゃ、まあしょうがねぇか・・。」

不本意ながらも、頷くタル。確かにこれ以上進むのは危険だ。
すると、となりでフィナがすっと立ち上がった。




「・・・暗くなる前に・・枝、集めてくる。」
「え?あ、ちょオイ!一人でいくんじゃねっ・・!・・あーーー・・」
「・・フィナは・・足が速いですから・・・」



太陽が、水平線の向こうに沈もうとしている。
五人はちょっと、泣きたくなった。































「……」
「……」
「……」
「……」
「ねぇ…」
 



 沈黙は、やはりしゃべりたがりなジュエルには耐えられなかった。




「ちょっとさ、遅くない?」
「…そうだな。もう、かれこれ20分か」
「フィナ。どこまで行ったんだろう…」
「…無事でしょうか」

 ポーラは空を見上げた。幸い月が出ている。足元は、多少なりと明るい。
 けれどフィナは、たいまつを持っていない。
 もしも急に切り立った崖があったら…。
 ぞっとしない考えを、ケネスは頭をブンブンとふって振り払った。

「探しに行こう。危険だが。判るよう、目印をつけながら」
「そ、そうだよね。ほうっておけないし」
「それがいいですね」
「それじゃあ、僕が行こう」
「いや、スノウはダメだ」

 立ち上がろうとしたスノウを、ケネスが真っ先に止めた。
 スノウは怪訝そうな顔でケネスを見る。

「スノウはリーダーだからな。ここを動かないほうがいい」
「…仕方ないな」

 諦めて座ったスノウに代わり、ジュエルが手をあげる。

「はいはい! じゃああたし行く! ほら、あたし身軽だし! フィナの次に足速いしさ!」
「お前にそんな体力が残ってんのかよ?」
「むっ…」
「…しゃーねぇな、んじゃ、俺が行って来るさ」

 よっこらしょ、と立ち上がったタルに、ケネスは少し考えてそれでもタル以外に行かせるわけにはいかないと判断した。
 情けない話だが、ケネス自身も疲労が激しくて正直立って何歩、歩けるかだ。

「…それじゃあ、これを」

 たいまつと水と携帯食、それと蛍光色のチョークをタルに渡す。

「了解、んじゃ行ってくるぜ!」
 ヒラヒラと手を振って、タルは一応フィナが最初に走って行った方向へ歩き始めた。














 一方フィナは。
「……?」
 こっちだったっけ。
 ぼんやりと、こっちかなーというカンを頼りに歩いていた。手の中には、手ごろな枝と食べられる果物がいくつかあった。
















夜空を見上げれば、白く光る月と、月の光に負けそうな星の光。
かさかさと草を掻き分けて進んでいくけれど、一向に元の場所に戻れる気配はない。

「・・・どうしようかな。」


実はフィナ。
あんまり危機感を感じたりしていなかった。
それは彼の元々の性格のせいかもしれないし、あんまりにも月の光が優しかったからなのかもしれない。

「皆・・お腹空いてないかな。」

こんな時も、考えるのは自分の事じゃなくて仲間の事。

ああでも。
そろそろ、手の中の枝や果物を重く感じてきた。
疲労がたまってきたのだ。

「・・ちょっと、休んでいこう。」


月明かりを頼りに、大きめの木に寄りかかる。
とても静かだ。

遠く、遠く、かすかに聞こえる波の音。
時折潮風が草木を揺らしてざわめきを生んだ。
うとうとと、瞼が降りるのをフィナは感じていた。
ここで眠っちゃ駄目だってわかっている。この島にはモンスターだっている。

でも。



月の光があんまりに優しいから。

フィナはとうとう、意識をその手から離したのだ。








「おーいフィナー」
 


 どこだー。
 キョロキョロと辺りを見渡して、返事がないのを確認してから近くの木にカッと線を引く。
 黄色いそのチョークの線は、闇夜に目だつ。
 だがこのチョーク、実はかなり希少なものなのだ。
 魔物やただの獣には、この色は見えない。
 とても複雑な組み合わせで作られているこのチョークは、人間やエルフ、ネコボルトたちだけが見ることができるのだ。
 タルは振り返ってきちんと線が見えることを確認してから、また一歩踏み出した。





「おーいフィナーーー」




 フィナは暗い場所にいた。
 そこには何もない。
 ただゆらゆらと、海のように揺れる景色だけがあった。
 ここはどこだろう。
 フィナは一歩踏み出そうとして、自分が動けないことに気づいた。
「…」
 足元を見れば、自分のつま先が見えない。
 どうやら海に囚われているようだ。
「…」
 フィナは続いて、誰かを呼ぼうとしてはたと止まった。
「…」
 誰を?
 自分がここにいることを知っている人などいるのだろうか。
 自分がここにいて、誰が迷惑をするというのだろうか。
「…」



 フィナは口を閉ざし、目を閉じた。
 そうして、ただ海のような流れに、身を任せることにした。




「…」

 タルはさすがに、早足になっていた。
 この距離を行っても見つからないのは危険だ。
 野生のカンとでも言うのだろうか。
 彼の中で、警鐘が鳴り響く。

「…フィナ…!」







 祈るような思いだった。


 近くで、獣の声が響いた。
 

















だんだん、自分が海に呑まれていくのがわかる。
けれど何故だろう。
指一本動かす事が出来ない。

頭の中がふわふわして、どこか違う所から自分の体を見ている感じ。


「・・・・・」


フィナが座り込んだ茂みの奥。
金色の目が、じっとフィナを覗き込んでいた。

がさり。

しなやかな動きで、それは茂みから姿を現した。
一見、狼のようにも見えるその風貌。
しかし、紫の混じった濃紺の毛並みから生える角が、そうではない事を物語っている。


「・・・・・・・。」



しばらくその金色の瞳はフィナを見つめていたが、やがてゆっくりと近づいてきた。

かさり、かさり。
踏みしめる音が聞こえているのに。
これから起こる事はちゃんと予測出来るのに。

どうして体が動かない・・?



「・・・・・・ひっ・・」





首筋に生暖かい何かが吹きかけられて、やっと小さく悲鳴が上がる。
今更ながらに恐怖が襲ってきて、フィナは震えだした。












 タルはたいまつをほうり出していた。
 走りながら剣を抜く体勢をとる。

「フィナから離れろ!!」

 シャンッと音がして、剣が鞘から飛び出した。

「っ、」
 ノド元に寄せられていた息が離れた。
 フィナは今しかない、と目が焼けそうになるのをこらえて目を見開いた。
 とたん、呪縛が解ける。体が動く。
 フィナは震える体を必死に起こした。
「ガバウッ」
 獣はタルに向かって突進した。
 パリっとその獣の周囲を雷気がめぐる。
 雷属性!?
 土の紋章を宿しているタルにしてみれば、容易い敵だ。
「へっ、相手が悪かったなワン公!!」
 ザシュンッ!
 斬ったっ。タルはそう思ったが。
「グルルっ」
「なっ?!」
 獣はタル以上にすばやかった。
「――っ!!」
 やられる! そう覚悟し、とっさに手を交差させた。
 だが。
「っ、ギャイン!!」
「、う…」
「…?」
 衝撃は訪れず、代わりに獣の鳴き声とうめき声が聞こえた。
 タルは目を開けた。
「…フィナ!!」
 目の前に、今にも崩れそうなフィナがいて、慌てて支えた。
「…っ」
「グル…!」
 そんなフィナに、獣は容赦なく襲い掛かった。
「……」
 だが、それは。
「消えろ」
 タルの、声さえも殺すような太刀に、あっけなく崩れ落ちた。





「フィナ、フィナ!!」
「……」
「フィナ!!」
 返事をしてくれ…!
 タルは、普段の彼からは想像もできないような弱弱しい声でフィナの声を呼び続けた。





 








グループ演習前半。
フィナがやたらとヒロイン状態でございまする。
戦うタル男はかっこいいよ、いいよー(w
フィナはけして自分勝手なのではないのですよ。
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