差し込む柔らかな日の光に目を覚ませば、いつもと同じ朝が始まる。 そこには変革などありもせずただ平穏な日々が流れていた。
「おいーっす。ふわぁねむ…」 あくびをしながら、やっと食堂に顔をだしたタルにケネスはため息をつく。 「だからさっさと寝れば良かったのに」 「勝ち逃げは許さねぇぞ!」 今夜ぜってー借りを返すからな!! タルは勢い込んでそう言った。 昨夜、簡単なボードゲームをしていたのだがどうしてもケネスに勝てず、タルは20敗したままだ。 「こりないな、タルは」 ひょいと肩をすくめ、ケネスは眠そうなタルにお茶を差し出す。 「あと10分だ」 「でぇ! もうんな時間かよ!!」 「はよーん♪ なになに、タルったら今からご飯? 遅いねー」 「るせっ」 隣に座ったジュエルに短く言って、タルはケネスがとっておいてくれたご飯を食べ始めた。 「…おはよう」 タルの隣に座ったポーラが、思い出したように言った。
彼らの生活はいつもこんな風に始まる。 騎士団の宿舎は穏やかな朝を迎えていた。
「なぁ、そういやフィナは?まだ起きてないのか?」 「ばっかだねー。とっくに起きてるよっ! あのフィナが寝坊なんてするわけないでしょー?」 「ちぇっ。」
タルはバツの悪そうな顔をすると、再び朝ごはんをかきこみはじめた。 先輩騎士が食堂を覗き込んで、「あと五分だぞ!」と呼びかけてくる。
「・・・で、フィナはどこだ?」 「・・大丈夫ですか?」
朝からいきなり胃に色んなものを一気に詰め込んだせいか、流石のタルも気分が悪そうだ。 ポーラは心配なのか、呆れているのか。表情にあまり変化がなくてわからない。
「フィナなら、スノウを迎えに言ってる。」 「またかよー。あいつも大変だなぁ」
フィナはいつも、皆より早めに朝ごはんを終える。 スノウを町の入り口まで迎えに行くためだ。
「別に迎えに行かなくてもよぉ、一人でこれるだろ?相手は子供じゃないんだし。」 「・・仕方のない事だ。フィナの立場を考えればな。」 「・・フィナの立場・・・か。」
教官の声がする。 スノウとフィナも、もう訓練場に向かっているだろう。 四人は急いで訓練場に走った。
「…」 朝は好きだ。 海から吹く風は気持ちよくて、照り始めた太陽は暖かで。 フィナは思いきり深呼吸して、微笑んだ。
「…」 フィナはいつも、スノウの屋敷の前で一度躊躇する。 「…ああ、フィナか。いつもご苦労だな」 「…」 ペコリ、と頭を下げる。 最近ではもう門番に顔を覚えられていて、そちらが進んで使用人用の門を開けてくれる。 以前は大変だった。不審者と間違えられて、危うく牢屋へ入れられるところだった。 その時はスノウがやってきて、なんとか難なきをえたのだが。 「…、」 ありがとうございます。そんな意味を込めてもう一度頭を下げると、門番は笑って頷いた。 「ああ、フィナ。いつも悪いね」 「あ…」 と、そこへちょうどスノウがやってきた。 「さて、それじゃあ行こうか」 「行ってらっしゃいませ!」 「ああ、行ってくるよ」 門番を軽くあしらって、もう一度門番に頭を下げているフィナを引っ張って、スノウは歩き始めた。
「おっ、フィナ、スノウ。おはよーさん。」 「ああ、おはよう。」 「・・・おはよう。」
訓練場は、訓練生達のお喋りでガヤガヤと騒がしかった。 遅れて入ってきたタル達は、とりあえずフィナ達と合流する。 フィナ、スノウ、タル、ポーラ、ケネス、ジュエル。 この六人は班が同じなのだ。
今日はグループ行動の訓練だった。
フィナはタルの姿を認めると、小さくおはようと呟いた。 朝、彼だけにおはようを言う事が出来なかった。
「フィナ、今日も頑張ろうな!」 「頑張りましょう、フィナ。」 「・・うん。」
他の訓練生からは、フィナの声は聞きづらい、聞こえにくいとよく言われる。 それはフィナが口下手で恥ずかしがりだからだ。
タル達は、フィナの声を聞き逃さない。 口下手なのを責めたりしない。
ありのまま自分を受け入れてくれる、そんな彼らがフィナは大好きだった。
「静かに! これより、グループ訓練を開始する!」 「手短に説明するぞ。これは6人1班で行う。この地図を1班に1つ配るので、これを見て行動するように。必要なことはここに書いてある。以上!」 今日は先輩騎士たちの考えた訓練で、訓練生にとっては自分達がいつか立つ身にもなるので、とても楽しみな訓練でもある。
「地図を配るので各班のリーダーは前へ!」 先輩騎士の言葉に、前から決まっていたリーダーのスノウが前へ出た。 「それじゃあ、もらってくるよ」 「ああ、いいやつもらってこいよ!」 「地図に良いも悪いもないだろう、タル」 「あるかもしんねーじゃん! なぁフィナ!」 バシっと背中を叩かれて、どう応えれば良いのかわからずフィナは困ったようにうつむいた。 「おい、フィナを困らせるな」 「困ってないって。同意してんだよ」 なー。と言いながら、タルはがしがしとフィナの頭をなでる。 痛いけれどいつだってそれが嬉しくて、フィナは小さく微笑んだ。 「…タル、痛いよ」 「ははっ。今日は頑張ろうぜ!」 「…」 うん、と頷いて、フィナはカラカラと笑うタルを見上げた。
「出発は1班から順番に、5分おきにスタートだ! それまで休んでていいぞ」 「まあ、1班は休む暇もないけどな。ほら、スタートだ!」 1班の訓練生たちが、はい! と返事をして裏口から出て行った。 他の訓練生達は、地図を確認しながらまた騒ぎ始めた。
フィナ達の班は五番目だった。 何分か余裕があったので、その間に地図の確認をする。
「・・・これは・・。ラズリル周辺の離れ小島じゃないか?」 「オイオイ、マジかよ。舟はあんのか?」 「探すしかありませんね・・・」 「スノウー!何でこんな地図貰ってきちゃったんだよ!」 「ぼ、僕のせいじゃないだろっ?」
フィナはタルの横から地図を覗き込んだ。 ラズリルの港から東に少し。小さな小さな離れ小島だ。 地図で見ればそこまで距離はなさそうだが、手漕ぎで行くとすれば話は別だ。
「五班!!出発だぞ!!」
先輩騎士の声に急いで立ち上がる。
「装備品、必要なものは持ったな?下手するとお前らの所は帰るのが明日かもしれん。 リーダー、しっかり皆を引っ張るんだぞ。」 「はいっ、わかってます。」
裏口を出て、とりあえずは港へ向かう。 けれど訓練の為などに貸してくれる舟なんて、そうそうはない。 結局借りる事が出来たのは、小さな三人乗り用の小舟だけだった。
「・・・困ったな・・。」 「まぁ、仕方ないだろうな・・・。 とりあえず、まずは男二人、女一人で行こう。 それから一人が漕いで戻ってきて、二人乗せる。残り一人も、もう一往復して運ぶ。 ・・・効率が悪いがな。」
「・・・仕方ないよねェ・・・。」
ジュエルは溜息をついて、小さな小舟を睨んだ。
「さてと。誰が行こうか」 スノウは、この6人の中でも一番知略に長けているだろうケネスに視線をやった。 「…そうだな。効率を考えるなら体力の一番あるタルをまず行かせて、戻ってきてもらうのが良いと思うが」 「俺はいいぜ?」 ケネスの言葉にタルは頷いて勇んで小船に乗った。 ギシッと、小船が嫌な音をたてる。 「っと。…おい、これ大丈夫なのか?」 「タルが重いだけだってば」 ジュエルの言葉に、そうかもしれない、と納得しかけるタルだが慌てて否定した。 「っておい! 俺は別に太ってるわけじゃねぇぞ!」 「ねぇねぇ、でもこれ結構やばくない? だったら、あたしかポーラかフィナじゃないと沈んじゃうかも」 「聞けよ!」 「そうだな…」 タルの主張はむなしく聞き流された。 「くそう。俺は太ってねぇぞ、なぁフィナ。そうだよな?」 「…、」 フィナが困ったようにタルにうんうん、と頷いている。 「よし、それじゃあフィナ。行ってきてくれるかい?」 「え…」 スノウの言葉に、フィナは驚いて彼を見た。 「なんだい、大丈夫だよ。僕もすぐ後で行くから」 苦笑するスノウに、それでも悩むフィナ。 「…」 「いいから早く乗れって、ほら」 「!!」 そんなフィナをグイッと引っ張って、タルが無理やり小船に乗せた。 「それじゃ、もう1人は」 「ポーラ先行きなよ。たぶんあたしより軽いし」 「…判りました」 「否定しないのね。イイケド」 「それじゃあ、タル。頼んだぞ」 「任せとけ!」 「行ってきます」 「…、きます」 「行ってらっしゃーい。すぐおいつくからねー!」 「気をつけるんだぞ、3人とも!」 「僕もすぐに行くからーー!」
こうして、彼らのうち、タル、フィナ、ポーラが先に小船で離れ小島へと向かった。
「・・っと、今日は海がご機嫌斜めだなぁ。」 「タル、大丈夫ですか?」 「おぅ、こんくらいなら大丈夫だ。」
離れ小島は、500m程離れた場所にある。 近いようだが、漕いでみるとこの距離が中々辛い。 オールは二本。タルが両方使って漕いでいるのだ。
「・・タル、やはり私達も手伝います。 あなたはまた戻らなければいけなのですし・・・」 「・・・タル、俺もやるから・・」
島まではあと半分程だ。 別に、タルにとっては造作もない事だのだが・・どうにも二人の視線が痛い。
「わかった、わかったよ。頼む。」 「はい、任せてください。」
オールを受け取ろうとしたポーラ。 けれど、それを制する手があった。
「・・・俺がやるから、ポーラは座ってて・・?」
フィナは小さく、けれど有無を言わせぬ口調でオールを取った。 こんな時、タルは思う。 こいつは優しくて、でもとても頑固な奴だと。
『そんなところが、みんな気に入ってるんだろうな。』
結局、島に全員辿り着くのに、一時間も要してしまった。 皆、一様に地図を睨みつけて
「あーもう!最悪!」
またジュエルが皆の声を代弁する事となったのだった。
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