「…」 ふにふにと足を動かしてみる。
「どうじゃ?」 「フィナ、どうだ?」 「…、平気」
コクリと頷いてフィナが言うと、タルと主治医は、ほぉ、と同じタイミングで息を吐いた。
「もう大丈夫じゃろうが、あまり無理はせぬことじゃな。少しでも変な感じがしたら、来ること」 良いな? と言われて、コクリと頷く。 「ありがとなじぃさん!」 「誰がじいさんじゃ!!」 「って!!」
ゴンッとゲンコツをもらって、タルはさすさすと頭をさする。 フィナはそんなタルにクスクスと笑って、それから主治医に丁寧に頭を下げた。
「本当、に…ありがとうございました…」 「なんのなんの。フィナ坊ならいつ来てもらってもええわい」 お前さんはむさ苦しくないからのぉ。 優しくそう言って、主治医はフィナの頭をなでた。
治療室から出て、訓練所に向かう途中もタルは殴られた頭をなでていた。
「大丈夫?」 「ああ。ったく、あのじいさん絶対長生きするぜ」 「うん」
そうだといいな。 嬉しそうにそう言うフィナに、タルは苦笑する。
「んじゃ、今日の夜は待ちに待った快気祝い、だな!」 主にフンギの作るご馳走が楽しみなのだろうタルの言葉に、フィナは笑う。 「でも、どこで…?」 「そうだな。お前の部屋だとあんまりだしなぁ…どうすっか」
考えてなかったのか、タルが今頃首を傾げた。
「んー・・食堂は、やっぱまずいかな?」 「さすがにちょっとな・・」 「・・・・外は、いけないよねー。あそこの門ガッチリ閉まっちゃってるし」 「・・・・・屋上・・は、どうですか?」 「そ、それこそ駄目だろう・・、団長の部屋の真上だぞ?」 「・・・・・・・・・。」
そろそろ夕方。 一日の訓練も終わり、皆フィナの部屋に集まってきていた。 話し合っている内容は、もちろん。 快気祝いを開く場所だ。
「どうしよう・・・」 「・・・・そうだなぁ・・」 「・・・・あ、の。無理なら・・別に・・」
「駄目だ!」 「駄目です!」 「駄目っ!」 「駄目にきまってっだろ!」
四人にいっぺんに言われて、フィナは思わず固まった。 でも皆、必死の形相で。 嬉しさと一緒に、ちょっと笑いも込み上げた。
そんなフィナの部屋に、コンコンとノックの音。 慌ててフィナが応対しようと戸を開けると・・・。
「・・・・・・。」
そこにはガイエン騎士団副団長、カタリナの姿。
「・・・・げ・・」
誰が発したのか、気まずそうな声。
「・・・・・あなた達。外まで丸聞こえですよ?」
溜息交じりに呟いたカタリナの声は、呆れと、ちょっと苦笑。 表情は、ほんのすこしの笑み。
五人は、ホッとした。
「き、こえちゃいましたよね」
ははは、と笑うタルに、当たり前でしょう、と答えるカタリナ。 「フィナ、もう良いのですね?」 「は、はい。すみませんでした」 ペコンっと頭を下げて慌てて謝るフィナ。 カタリナは優しく笑って、フィナの頭をなでた。 「それは良かった…」
「…それで、あの…」
ケネスが言いにくそうにカタリナを見ると、カタリナはああ、そういえば。とまるで独り言のように呟いた。
「明日の夜、団長はいないのよね。警備が薄くなってしまったり、しないかしら…」
「!」 「誰か、夜に屋上で見張りをしてくれれば助かるのだけれど…?」 「! 俺たちがやります!」 ハイ! と手をあげたタルに続いて、ジュエルもハイハーイ! と元気に言う。 「大丈夫です、きっと団長の留守を守ってみせますよ!!」 「…がんばります」 ポーラの静かな声に、ケネスが少し苦笑して、感謝する。 「すみません、あまり騒がないようにします」 「それは良かったわ。よろしくね、フィナ?」 「は、はい…!」
カタリナの優しい笑みに、フィナはコクコクと頷いた。
そうして、5人は日取りも明日に決まり、場所も屋上と決まったので、今日のところは解散、となった。 ジュエルとポーラが帰って、ケネスも帰ると言って立ち上がったが、タルはギリギリまで居ると言って立ち上がらなかった。
「今日は戻れよ、タル」 「おう、悪かったな、昨日!」 「いいって。フィナも元気だしな」 じゃあな、と手を振って、ケネスはスタスタと歩いていった。 それを見えなくなるまで見送って、タルとフィナは目を見合わせるとなんとなく、微笑んだ。
「明日、楽しみだな。」 「うん。」 「フンギのやつ、やたら張り切ってたからさ!きっと旨いぞ〜」 「・・・うん。」
タルが嬉しそうにフィナに話しかける。 フィナも、嬉しそうにそれに答える。
ふうと息をついて、タルは天井を見上げながら呟いた。
「あーあ・・・お前も宿舎だったらな・・時間なんて、気にする事ないのにな・・」 「・・・・・・・タル。」
「・・・わかってる、わかってっから。」 「ごめんね・・」
初めは、フィナにとってこの部屋は苦痛でも何でもなかった。 こうやって騎士団に入団させて貰えるだけでも、有難い事だったんだから。
でも、タルに出会って。
ほんの少しの時間も惜しくなってしまったんだ。
「じゃあ、俺帰るな?明日ドンチャン騒ぎすんだから、ちゃんと寝とけよー?」 「ふふ・・・。うん、おやすみなさい」 「おやすみ、フィナ。」
タルが出て行った戸を暫く見つめて、フィナも布団を被る。 明日が楽しみでたまらない。
ゆっくりと訪れる睡魔に、フィナはゆっくりと身を任せた。
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翌日、フィナはいつもどおり早く起きて、いつもどおりスノウを迎えに行った。
「おはよう、フィナ」 「おはよう…、スノウ」 少しつっかえながら言ったフィナに、苦笑する。 しばらく前までスノウに対して敬語を使っていたから、慣れていないのだろう。
「それにしても、残念だな」 「…」 はあ、と息をついたスノウに、フィナは首を傾げる。 「僕も参加できればよかったのに…」 「…スノウ…」 「悪いね、フィナ。父はどうしても許してくれなかったんだ…」 本当に申し訳なさそうに言うスノウに、ふるふると首を振る。 「そんなこと…」 「だけど、これは覚えておいてくれるかい。僕だって、君の足が治ったことを、本当に良かったと、嬉しく思っているんだよ」 「、ん」 ありがとう。 フィナは、少しくすぐったそうに笑って、スノウにコクリと頷いた。 フィナが頷いたのに満足したのか、スノウはうん、と同じく頷くと、さあ急ごう、と少し足を速めた。
しばらくぶりの訓練は少しだけ疲れたけれど、身体を動かすことが嫌いではないフィナはまた訓練することができて、とても嬉しかった。
そうして、時間は時にひどくゆっくり、そして時に駆け足で流れていった。 夕暮れは穏やかに、ラズリルを包んだ。
訓練の片付けも終わり、スノウを見送って。 五人は大慌てで食堂の前までやってきた。
そこではすでにカタリナが待っていて、フィナ達は驚いて姿勢を正す。 そんな五人にカタリナは苦笑を漏らすと、含みのある声で、
「それじゃあ、警護の方しっかりと頼みますよ?」
そう言った。
「了解です!!」
タルとジュエルは嬉しくなって、敬礼なんてしていた。
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「フンギ!!」 「わ、早いね。俺も今片付けが終わったところだよ。」
フンギはバタンと大きな音を響かせて開いた戸口に、驚いて振り返った。 そしてちょっと、困った顔をした。
「本当、まだ片付けが終わった所でね。料理が少ししかないんだけど・・ これ、先に持って行ってくれるかい?すぐに行くよ。」
そう言って差し出したのは、バスケット一杯のサンドイッチだった。 五人は慌てて、全然構わないと手をふる。 忙しい中これだけ作ってくれただけでも有難いというものだ。
「フンギ、私も手伝います。」 「わ、本当?助かるよ。」 「あ、はいはーい!私も手伝うー!」 「ジュエルもありがとう。でも、皿は割らないでくれると嬉しいな。」 「わっ、割らないよ!!!」
ポーラとジュエルは、厨房でフンギの手伝いをするようだ。 残された三人は、どうしようかと視線を交し合う。
「あ、構わないから先に行っておいてよ。すぐ行くからさ」
そんな三人に、フンギはフライパン片手ににっこりと笑って見せた。
「貸せよフィナ」
差し出されたタルの手に、だけれどフィナはふるふると首を振る。
「大丈夫。そんなに、重くないから」 「フィナ、お前の快気祝いなのに、荷物もちなんてしなくていいんだよ」 ケネスが苦笑して、フィナからバケットをさりげなく取る。 「あ、りがと…」 困ったようにお礼を言うフィナに、タルはわしゃわしゃとその頭をなでた。 「治ってよかったな、フィナ」 「うん」
本当に嬉しくて、フィナはタルを見上げて穏やかに笑った。
「あれ、何だ?」 「?」 「さあ…何だろうな…?」
たどり着いた屋上の、ちょうど真ん中。 ぽつりと置かれた何かがあった。 入り口からはそれが何なのかわからない。 フィナたちは恐る恐るといった感じで、その何かに近寄る。
「…団長…」 「…はは…よかったな、フィナ」 「……っ」 言葉もなかった。
『カタリナに聞いた。よくなって、よかったなフィナ。俺からの快気祝いだ』
一輪の花と。 フィナの好きなおまんじゅう。
ありがとうございますの言葉が、フィナの口から何度もこぼれた。 タルは、泣きそうな声で言うフィナを、そっと支えた。
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