その頃、フンギとポーラ、それにジュエルは厨房でフライパンや鍋と格闘していた。 フンギほどじゃないが、ポーラもそれなりに料理は出来る。 意外だが、ジュエルだって出来ない事はない。
炊事は訓練の一環なので、出来ない方がおかしいのだ。
「ポーラ、もう好きに作ってくれてもかまわないよ?」 「いいのですか?」 「うん。多少果物が多くても、ポーラならちゃんと味付けできそうだからね。」
炒め終わった簡単なチャーハンを大皿に盛って、机にドンと置く。 フンギは細身だけど、重いフライパンを軽々と扱う様はさすが料理人という所だ。
彼の言葉にニコニコと味付けを再開したポーラ。 彼女はとにかく果物好きだ。 隣に置いてある籠には、既にたくさんの果物が盛られていた。
「フンギー、お肉焼けたみたいだよ?」 「あ、じゃあ先に持って行っといてくれないかい?」 「オッケー!まかせといて!」 「タルに全部食べてしまわないように言っておいてくださいね?」 「わかってるっ」
チキンの盛られた大皿を抱えて、ジュエルは飛び出していった。 多分自分もつまんで来るんだろう。
フンギとポーラはくすくすと笑いながら、料理を再開した。
「フィナはもう、全然大丈夫なんだろ?」 「…ええ、もうほとんどは」
ジャッ、とフライパンが音をたてた。刻まれた野菜が飛び跳ねる。
「ほとんど?」 「…」
食べやすい大きさに切ったフルーツをボウルの中に入れて、ポーラは少し考えるように首を傾げた。 「フィナは、言わないから…」
完全に治ったのか。それともまだ、少しでも痛むのか。 本当のことを、フィナは言わない。 嘘はつかないけれど、それでも、「治った」のその言葉だけを信じていては、いつかフィナは倒れてしまう。
「あ、そういえばポーラ。マンゴーの熟れたのが入ったよ、食べるといい」 「いいのですか?」 「もちろん」
にこりと笑って、フンギはキレイな色のマンゴーをポーラに手渡した。
「ただし、これだけなんだ。今食べちゃってね」 「それは…」 「さあ、受け取ったね。俺はもう何もしらない見えない」
まるで知らない、とでも言うように、鼻歌を歌いながらナベをふり始めたフンギに、ポーラは小さく笑みをこぼした。
「…」
ありがとうございますの言葉は小さかったけれど、フンギの耳に届いた。 そのせいか、それともナベの熱気のせいか、フンギの頬が少しだけ、赤くなった。
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「かーーー!やっぱフンギの飯はなんでもうめー!!!」 「タ、タル!声を抑えろ!一応、名目上はここの警備にあたってるんだぞ?」 「おっと、わりぃわりぃ。」
サンドイッチ片手に親父くさい声を上げたのは、他でもないタルだ。 いちいち料理でここまで感動できるタルを、ケネスは少し羨ましいと思った。
「ほら、ケネスもフィナも食えよ!」 「う、うん。」
タルからサンドイッチを手渡された二人は、苦笑しながら口に運び始めた。 残り物だろうか?レタスと、鶏肉の端の部分を挟んで、マスタードで味付けした簡単なものだ。 それでも、訓練ですきっ腹になった彼らにはご馳走だ。 実は、タルも含めて、五人は夕食をちゃんと食べていない。 夜に備えて、なんて、タルが言い出したのだ。
言い出した本人が、一番辛そうだったのだけど。
「じゃじゃーん!メインディッシュ到着ー!」 「お!まーってましたぁ!!」
「だから、静かにしろ!!!!」
チキンを盛った大皿を抱えて飛び込んできたのは、ジュエル。 タルは上機嫌でパチンと手を打ち、ケネスは気付いていないのか、同じくらいの大声で怒っている。
フィナは、気付かないうちにくすくすと笑っていた。 小さな笑いは、いつのまにか発作みたいになって。
気付いたら、フィナは蹲って笑いを堪えていた。 目の端に涙まで浮かべて。
こんなに笑ったのって、はじめてじゃないのかな?
「ふふふっ・・・・」
目頭の熱さも、苦しくなるお腹も、全部がここちよいものだとフィナは知った。
「ふふ、ケネス、も、声…おっき、いよ」
笑いながら、なんとかそう言ったフィナに、ケネスは少し頬を赤くした。 「む、そうだったか?」 「はは、確かにでかかったぞケネス」 「もー2人ともうるさいわよ、警備してるんだから静かにしなきゃ!」
ダメねぇ、と言ってチキンをぱくりと1つつまみ食いしたジュエルに、タルとケネスはそろって言った。
「「いや、お前には言われたくない」」 「なによーー!!」 「は、あははは…っ」
「楽しそうですね、フィナ?」 「あ、ポーラ! できたの?」 「ええ」 「お、うまそうだな! よし、んじゃ始めっか!」
パンっと手を打ったタルに、ポーラとジュエルもテキトウに座った。
「あれ、この花どうしたの?」 「おまんじゅうも」 「ああ、団長からだ」 「へえー、よかったね、フィナ!」
にこっと笑って言うジュエルに、フィナはくすぐったそうに微笑んだ。
「んじゃまあ。えーと」
コホン、と咳払いをしたタルの横で。
「フィナ完治おめでとーーー!」
ジュエルがジュースを高くあげてそう言った。
「あ、こらジュエル! 俺がせっかく!」 「おめでとう!」 「おめでとうございます」 「ああもう、どうでもいいか! フィナ、おめでとう!!」
3人の声を受けて、フィナもおずおずとジュースを上にあげた。
「ありが、とう…!」 他の言葉なんて、なにも思い浮かばなかった。 だけれどみんなも、他の言葉なんていらなかった。
「かんぱーーーい!!」
ただみんな、嬉しかった。
「ちょっとタルー!私のぶんとらないでよぉ!」 「馬鹿いうな!こりゃ俺のぶんだ!」 「二人とも!それはフィナのぶんですっ!」
結局五人とも、真下にある団長室のことなど忘れてはしゃいでいた。 特にタルやジュエルの声の大きさといったら、ポーラですら怒鳴ってしまうほどだ。
「や、盛り上がってるねー」 「あ、フンギ・・・」 「フンギじゃねーか!お前もこっち来て食えよ!」 「うん、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
厨房の片付けが終わったのだろうか。 サラダの大皿を抱えたフンギがやってきた。
それを見て喜んだのはフィナとポーラだ。
「これなら、お腹一杯食べれそうですね」 「う、うん・・」 「そう思って持ってきたんだよ、はいどうぞ。」
フンギはフィナのとなりに座って、サラダの大皿を手渡した。
「駄目だぞーフィナ、ちゃんと肉も食わねーと!」
向かいに座っているタルが上機嫌な様子で言うので、フィナは苦笑しながらにこりを微笑んだ。 さすがにお酒というわけにはいかなかったので酔っ払う事はなかったけど。
きっと次の日は疲れてフラフラだろうな、なんて思いながら、六人は夜空の下で笑いあっていた。
「うぅん…」 「ジュエル、こんなところで寝ちゃ風邪ひきますよ」 「…むー」 「はは、すっかり夢の中だな」 「はしゃぎすぎたんだろう。ポーラ、これ使え」
初夏とはいえ、まだ夜は少し風が冷たいときもある。 騒いで風邪ひきました、じゃせっかく場所を提供してくれた団長と副団長に申し訳ない。 そう思っていたケネスは、前もって持ってきていた毛布をポーラに渡した。 ポーラはそれを受け取り、ジュエルにかけた。
「、…、」 「ん、フィナも眠いのかい?」 「…んん」
フンギの言葉に、へいき、と首を振るが、ふらふらしている。
「無理しなくてもいいよ、ほら、横になったらどうだい?」 「……」
それでもどうにか座っていたフィナを、タルがグイッと引っ張って自分にもたれかからせた。 「っ、」 「ほら、寝ろ」 「タ、ル」 「治ってよかったなー」
髪をぐしゃぐしゃにしながら、ニッと笑う。 「…ん」 「もう何も心配いらねぇから」
な、と笑いかけると、フィナはとろんとした微笑みを浮かべた。
「…ぅん」 「おやすみ、フィナ」 「…やすみ…タ、ル…」 消え入るような声でそれでもどうにか最後まで言って、フィナの青い瞳は閉じられた。
「…本当に、よく頑張ったな、フィナは」 「いつも思うけど、少し働きすぎだよね」 「だな。だからまあ、今くらいはゆっくり眠ればいい」
誰も、何も。フィナを脅かすものはないのだから。 たとえ何が起ころうと、きっと自分が守ってみせる。 タルはフィナの髪を梳き、そっとその髪に顔を伏せた。
結局、次の日ジュエルは風邪を引いてしまった。 何故かって、ポーラが毛布をかけてもかけても跳ね飛ばしてしまうからだ。
団長達には怒られるというより呆れられた。
タルはいつもどおり、ちょっと遅めの朝食を呆れるくらい食べて、 ケネスもいつもどおりに、そんなタルをたしなめていた。
ポーラはジュエルがいないから、そんなタル達からちょっと離れた所で、何をするでもなくぼぅっとしている。
フンギは、いつもと変わらない彼らを厨房から笑いながら見ている。
そしてフィナは。
「やあ、おはよう。」
「・・・おはよう、スノウ。」
「昨日は楽しかったかい?」
「う、うん・・」
いつもと変わらない毎日。 今日もフィナは、いつもと変わらずフィンガーフート家にスノウを迎えに行く。 スノウは朝焼けの道すがら、昨晩の話を聞いていた。 そして、答えるフィナがあんまりに眩しそうな笑顔をするものだから。
「良かったよ。」
「え?」
「君が笑えるようになって。」
そう、スノウは笑って言った。
「タルのおかげなんだろうね、きっと。」
「・・・・・・ス、ノウ」
フィナの顔が真っ赤に染まる。 否定しないのは、自分でもわかっているから。
「おーーーい!!急げよ二人ともーー!!」
館の門から、声がする。
フィナは大きく手を振って、とびっきりの笑顔を彼に向けた。
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