走ってきたフィナに、タルとテッドは言った。
「「フィナ、ごめん!!」」
「え…」
「てめっ、かぶってんじゃねー!」
「お前こそかぶるな!」
「…タル…テッド、さん…?」
 タルは照れくさそうに、頭をガシガシとかいた。
 テッドはふいと顔を横にそらしている。
「…飯。食いに行こうぜ」
「……」
「三人で、な!!」
「う…うんっ」
フィナは、本当に嬉しそうににこりと笑った。




一方、シグルドとハーヴェイはまだフィナを見守っていた。
「っ…! うぉい! 可愛いーー! 見たか!? 見たかよシグルドー!」
「……可憐だ…」
「…お前キモい」
「黙れ熱血バカ」
「んだとこの野郎!!くそっ、俺も負けてらんねー!」
「こっちの台詞だ」
 歩き出したフィナたちを追うように、2人も甲板を後にした。




 少し前に昼時を過ぎてしまったためか、フンギの店はそんなに混んでいなかった。
「いらっしゃい!」
「何食う? 俺はやっぱスペシャルランチかな」
 メニューを見ながら、タルが言う。隣でテッドは、本日の魚のところにマグロがいないのにがっかりした。
「マグロ…は釣れてないのか」
「テッドさん…」
「あんた、マグロばっか食べてるとマグロになるんじゃねぇ?」
「なるか!」
「…ふ、」
 おかしそうに笑って、フィナは2人を見る。
 そんなとき、ポンッと肩に手をおかれて振り返った。
「こんにちは、お食事ですか、フィナ様」
「よお!」
「あ」
「ご同席してもいいですか?」
「俺たちも腹減ってさー」
「でもさ、座るとこないぜ?」
 カウンターに座れるのは4人。1人余ってしまう。
 タルの言葉に、だがシグルドとハーヴェイはめげることなくフィナを誘う。
「後ろにテーブルがあるじゃないか」
「さあ、フィナ様、こちらへ」
「え、え?」
 フィナは引っ張られる腕とシグルドを不思議そうに見やる。
「フィナ様」
 ああ、なんてかわいらしい反応なんだろう、とか思っていると、テッドが何か感じ取ったのかシグルドを睨んだ。
「…いつまで腕をつかんでる。離せよ」
「新参者に言われたくねーよ」
「何!?」
「新参だろうと何だろうと関係ないだろ!大体お前、手つきがやっらしーんだよ!!!」
 タルはテッドの勢いに驚いた。まがりなりにも海賊の2人に、真正面からケンカを挑んだようなものだ。
「…ほう。言うに事欠いて、いやらしいなどと」
「んだよ」
 俺は間違ってない、とばかりの態度のテッドに、ハーヴェイも加わる。
「やるかぁ、テメェ!」
 フィナの手をパッと離して臨戦態勢。熱いものが燃え上がった。
 しかし、当のフィナは、隣のタルを見上げて首を傾げる。
「…タル…おなか、すいた」
「…あーー、おう。食おうぜ」
 もう、ほっとこう、と思ったタルは、フンギにスペシャルランチを注文した。
「うん…。テッドさん達のぶん…」
「ああ、とっといてやろうな。」
 てきとうに注文をして、2人はカウンターに座った。

 もくもくとご飯を食べだす2人。
 後ろでは口汚い罵りあいが盛り上がっていた。

 タルは、相変わらず食の細いフィナの皿に、自分のおかずを入れる。
「フィナー、もっと食えってー」
「え…無理…」
「いいからいいから!」
「うぅ…」
「ほら、これうまいぜ」
「ん…」
 タルが差し出すミートボールをフィナはパクンと、頑張って食べた。
「あーやっぱフンギの飯は最高だな!」
 一方すっかり食べてしまったタルは、水を飲んで一息つきながら言った。
「はは、そう言ってもらえるとやっぱり作りがいがあるね。フィナ、どうだい?」
 フンギの問いに、ミートボールを飲み下して答える。
「あ、うん。…おいしいよ」
「それはよかった。どんどん食べてよ」
「ん…」
 ありがとう、と頷くフィナに、タルはあ、と気づいてフィナのバンダナをひっぱる。
「フィナ、ちょっとこっちむけ」
「?」
 何? とタルのほうを向くと。
 ペロッ。
 タルが、フィナの頬をなめた。そのとたん後ろの言い合いはピタリとやみ、フィナたちに声が投げられた。
「あーーー!!」
「何やってんだお前!」
「タル、君も油断ならないな」
 しかしそんな言葉はどこ吹く風。
 フィナの頭をポンポンとたたきながら、タルは言う。
「ご飯粒ついてたぞー」
「あ、ありがと」
「いつものことだろ」
 頭をくしゃくしゃとするタルに、フィナが恥ずかしそうに首を傾げると。
「「「いつも!?」」」
 後ろの3人が、息ピッタリに叫んだ。

「いつもって…マジかよ、フィナ?」
 問いに、少し頬を赤くして、フィナは頷いた。
「え…う、うん」
「こいつ、ラズリルで訓練生だった時から色々そそっかしくてよー」
「…ごめんね、いつも」
「おう」
 テッドも、ハーヴェイも、シグルドも。
 …本当の敵はここにいた。そう、実感した。
 よく見れば食堂の客もなんだか頬を染めたりびっくりしていたり。
 フンギは慣れているのかいつもと変わらない。


 3人にジィ、と見られてよほど恥ずかしかったのだろう、フィナは上目遣いに3人を見上げて、はにかんだ。
「テッドさん、みんな…ご飯、食べましょう?」
「…あ、ああ…」
「…おう」
「…ええ」
 頷いてくれた3人に、フィナは嬉しそうににっこりした。
 この二人。
 …自覚がないのが、怖い。


 結局、全員座れるテーブル席に移って、わいわいと食事が始まった。
 しかし、ほとんどそれはフィナの気を誰が一番ひけるか、という争いの始まりにもなっていた。
「ほら、これ食え」
「え」
「これもどうぞ」
「あ」
「これうめーぞ!」
「う」
 どんどん自分のお皿に盛られる料理に、フィナはダラダラと汗を流した。
 隣のタルが呆れたように言う。
「そんなにフィナが食べれるわけないじゃんか」
「タル…」
 困ったようにタルを見上げるフィナに、シグルドが乗り出して言う。
「フィナさま、ああそんな悲しそうな顔をせずとも大丈夫ですよ」
「?」
「食べられなかったときには、ゆっくり食べさせてさしあげますから」
 シグルドは、にっこりと言った。
「??」
 フィナはよく訳がわからなかったのか首をかしげた。
「あんた何言ってんだよ!!」
「フィナ気をつけろ! こいつに食べられるぞ!」
「え、え?」
 困ってしまったフィナの頭を抱き寄せながら、タルが見せ付けるように髪をすく。
「…いい、気にするな、フィナ。大丈夫、お前は俺の隣にいればいいんだし」
「? う、うん…」


 タルの勝ち誇った顔と、フィナの素直な頷きに、3人はグッと詰まった。
『くっ…頭数に入れてなかったけど…コイツ一番厄介だぜ!!』
『…もういっそ部屋に連れ込んでしまうか』
『くそっ。ホントは二人で食える筈だったのに…』
 思いはそれぞれだが、3人はとりあえず、今一番の問題を言った。
「「「その手を離せよ(して下さい)!!」」」

「んー?何でだよ。なー、フィナ?」
「…???」
 フィナは、どうして3人が怒っているのかさっぱり解らなくて首を傾げる。
 そんなフィナの髪を梳きながら、タルは宣言した。
「…こいつは、俺んだ」

 言い切った・・・・!! 今の、この場に居る誰もの心の声である。

「こいつを悲しませたり泣かせたりさせんのは、ゴメンだからな」
「タル…」
 フィナは、嬉しくて潤んだ瞳でタルを見上げる。タルはそんなフィナの頬を優しくなで、大丈夫だからな、と言った。
「あの。二人の世界に入らないで貰えますか」
 恨めしい…というオーラを放ちながら、シグルドが言う。
「…見てて寒気がすんだけど」
 ハーヴェイも、内心うらやましいと思いながらも言う。
「……」
 テッドにはもう、何か言う気力さえなかった。本当は2人で食べるはずだったのに…。


「あのさ…後がつっかえてるから…食べたらそろそろ…」
 フンギがお玉片手にやってきた。
 おやつの時間が近づいたからか、フンギの店は再び繁盛し始めたようだ。
 5人は慌てて全部平らげて、その場を後にした。




「フィナ、これからどうするんだ?」
 んー、と伸びをしながら問うタルに、コクリと頷いてフィナは答える。
「…訓練」
「またかぁ? お前、やりすぎはよくないぞ?」
「…」
 しゅん、としてしまったフィナに、タルはポンポンとその頭を叩く。
「ああ、怒ってるわけじゃないって。でも、行くなら俺も行くからな?」
「うん」
 判ってる、と笑うフィナとそんなフィナの頭をくしゃくしゃとしようとしていたタルの間に。
「その訓練、私もご同行しましょう」
「俺も行くぜ!」
「…約束だしな」
 ずいっと3人が入り込んだ。
「え、あ、」
「でもパーティーは4人だしなぁ。どうする、フィナ」
「……」
 フィナは困って、タルを見上げて、それから前の3人に視線を向ける。
「フィナ様、必ず守ってさしあげます」
「フィナには傷一つつけさせないぜ!」
「援護するから、フィナ」
「…」
 3人の目はとても輝いていた。
「…え、と」
「フィナッ」
「フィナ様」
「フィナ…」
 ずいっと詰め寄る三人。
 シグルドに至ってはギュッと手を握っていたりする。
 まあそれもすぐにテッドとハーヴェイに叩き落されるのだが。
「ぅ……」
 みんな、目が、キラキラしてるんだもの。
 選べないよ…。フィナは、ギュッと目をつぶって、口を開く。
「えと…えっと…ぅ…!」
「フィナ??」
「さ、さいしょはっ、ぐーー!」

じゃんけん!

「ぽんっ!」
「ぽんっ」
「ぽん!!」
 シグルドとテッドがパーで、ハーヴェイがチョキ。
 そして、フィナがグー。
「…あ、テッドさんと、シグルドさん。勝った、ね」
 決まった、とホッとしながら言うフィナに、シグルドとテッドは当然、と頷いた。
「あーーー!! なんで俺チョキなんか出したんだーーーー!!!」
 そして、ハーヴェイは絶叫した。
「じゃあな、ハーヴェイ」
「相手が悪かったな」
 勝った2人は、ハーヴェイにひらひらと手を振った。
「くっそー」
「あ、あの…」
「?」
「あの、また、今度…」
「! おう! じゃあ今度は2人で行こうぜ!」
「「「させるわけないだろう!!」」」
 答えるよりも先に、勝者2人+タルに言われてフィナはビクッとする。
「あ、…」
「っと。悪いフィナ」
 タルが、大きな声で怒鳴ってしまったことに気づいてフィナの肩に手を回した。
「う、ん。へいき」
 不安にゆらぐフィナの表情に、タルはまずったな、と内心舌打ちした。




 ハーヴェイと別れて、一行はついでにミドルポートに寄って、買出しをすることにした。
「おい」
「ん? 何だ?」
「フィナ、元気ないんじゃないか」
「…あー。さっき、怖がらせちまったからな」
 タルはハァと溜息を吐く。
 フィナは怒鳴られたりする事や、悪意のある大きな声が苦手だった。
 怒られるという事は、フィナにとって居場所がなくなる事だからだ。
 怒られたら、相手の機嫌を損ねたら、フィナはもうそこにいられない。
 フィナはずっと、そう思って生きてきた。
「あいつな、ほんと怒鳴られたりすんのだけは駄目なんだ。」
「…それは、フィナ様に悪い事をしたな…」
「……」
 テッドは、今日2度もフィナを怖がらせてしまったことに反省した。
 うつむいてしまったテッドの頭をポンポンと叩いて言う。
「ま、だからってこのままってわけにもいかねーだろ。ここは経験豊富な俺に任せとけって。」
「…チッ、抜け駆けか。…今回は仕方ない…」
「タルの奴…」
 ヒラヒラと手を振ってフィナのところへ行ったタルを、だが2人とも止めたりはしなかった。
 フィナは相変わらず少ししょんぼりながら、歩いていた。




「こらこらフィナ。1人で歩くなよ、迷子になるぞー」
「タル…」
 さりげなく手をつなぎながら、タルはニッと笑った。
「何買うんだ?」
「…おくすり…」
「じゃ、いこうぜ」
 グイグイと手をひくタルに、フィナはこけないようについていく。
「…」
 いつもタルは、こうしてフィナが落ち込んだり泣きそうになったりしていると何気なく手をつないで、ここにいることを教えてくれる。
「…タル」
「んー?」
「…ううん」
 なんでもない。
 それでも、この気持ちを表す言葉を、フィナは知らない。
「フィナ」
「?」
「大丈夫だからな」
「…うん」
 フィナの不安は、雪解けのように消えていった。

「仕方ないとはいえ…」
「…なんかむかつく」
「しかし、フィナ様は本当に愛らしい」
「…」
 シグルドの発言に、テッドはバレないように少し距離をおいた。




「おばちゃーーん、おくすりくれよ!」
「誰がおばちゃんだい!! まったく最近の若い子は…」
 タルの言葉に、道具屋のおばちゃんはブツブツと言いながらおくすりを取り出す。
「…お金…」
「あらあらあら、あなた可愛いわねー。」
 しかし、道具屋のおばちゃんはフィナの顔を見ると、にこにこしておくすりを三個もおまけしてくれた。
 タルはなんだか嬉しいようなそうでないような、不思議な気分だった。
「…後ろ姿だけでも構わんか…。今は」
「……」
 テッドは、距離をおくだけでは足りない、シグルドの恐怖と戦っていた。


 フィナとタルがおくすりを持って戻ってきた。タルはフィナから荷物を受け取って、隣の鍛冶屋を指差した。
「さーて、訓練前に丁度いいから武器鍛えてもらおうぜ!」
「うん…お金、あるし」
 フィナがにこりと微笑んだので、シグルドとテッドはほっとした。
 鍛冶屋へ入って荷物を置いて、思い出したようにタルが言った。
「なぁ、フィナ。俺ちょっと買いたいもんがあるから先に3人の武器鍛えててくれないか?」
「え……?で、でも…」
 思ってもいなかったタルの言葉に、フィナは驚いてタルを見上げる。
「すぐ行くから、な?」
 不安そうにタルを見上げるフィナの頭をよしよしと撫でてやる。
 そしてフィナ越しに、テッドとシグルドを『手ェ出したらぶっ殺す』とばかりに睨みつけた。
 2人は目をそらした。


 タルはもう一度フィナの頭をなでてから、鍛冶屋を出た。
「…」
 フィナはそれをしばらく見送っていた。
「フィナ様、武器を」
「あ、うん」
 シグルドがフィナにそう言って、フィナはやっとこちらを振り返った。
「…」
「…」
「あの、これ」
「はいよ!」
 鍛冶屋の主人はフィナの武器を受け取ると、鼻歌まじりに鍛え始めた。
「…」
「フィナはあいつと長いのか?」
「? …タル?」
 テッドの質問に首を傾げながらそう聞き返すフィナに、シグルドも問う。
「そういえば、ずっと一緒ですね。何故彼はフィナ様と?」
「…」
 もともとは自分が騎士団を追放されたから、ここにいて。
 タルは、それについてきてくれて。
 だからタルは好きで自分についてきたわけじゃなくて…。
 グルグルと考え始めてしまったフィナに、テッドは聞いてはいけないことだったのかと申し訳なく思った。

「言いにくければ結構ですよ。フィナ様、きっとこれからは私があなたを何ものからも守ってさしあげますよ」
 そっと手をとりながら言うシグルドに、フィナは恥ずかしそうに目をキョトキョトさせる。
「終わったよー」
 そこへ、フィナの武器を鍛え終わった主人の声がかかる。
「じゃあ、次俺のを」
「はいよ。あれま、ずいぶん使い込んでるなー」
「…まあ、な」
「…テッドさん」
 フィナは、あ、と思い出したように質問してきたテッドに近寄る。
「何だ」
「あ、の…」
「…」
「あの…」
 言いにくそうなフィナに、テッドは首を傾げた。
 フィナにさりげなく逃げられたシグルドは、ちょっぴり悲しんでいた。
 しかし、すぐにテッドとフィナの話に入ってきた。

「…タルは、大切な人、なんです」
「…どう大切なんだ?」
 テッドは静かにフィナの言葉を聞いていた。
 フィナは俯きながら、ポツポツと話し始める。
 カンカンと、後ろから鉄のぶつかり合う音が聞こえた。


「タルと…あと、ポーラは…。俺が…流刑になったとき、一緒についてきくれた…ひと、なんだ」
「…!」
「それは…」
 それは。
 とても勇気のいる行為だっただろう。
 何もかも捨てて、フィナの為に。
 友情なんてものじゃ計りきれないものがある。
「…ラズリルの、騎士団にいる頃から、ずっとずっと、一緒にいてくれた」
 思い出すように、フィナは目を閉じた。
「…落ち込んでる時は、はげましてくれて…寂しい時は、一緒にいてくれて…」
 フィナの顔が意図せず柔らかなものになっていくのを、テッドは不思議な気持ちで見ていた。

「判った」
「…テッドさん…」
「フィナにとって、タルが大切なのは判ったから。もう、いいから」
 テッドは、それ以上フィナの顔を見れなかった。
 花がほころびるように変わる表情。どんな、想いが伴っているのだろう…。
 かつて自分にも、それはあったのだろうか…。


「はい、できたよ!」
「あ、どうも」
「じゃあ、すみませんが私のを」
「はいよ〜!」
 気のいい主人は笑ってシグルドの武器を受け取る。
「も、し…タルがいなかったら…」
 考えただけでゾッとした。
 いったい自分はどうなっていたのだろう。
「……」
 言葉を止めてしまったフィナを覗き込んで、テッドはギョッとした。
「お、おい」
「? フィナ様?」
「……」
 フィナは、真っ青になっていた。
「どうしたんだ、おい、フィナ?」
「フィナ様? 具合でも悪くなりましたか? フィナ様?」
「……」
 フィナに、テッドの声もシグルドの声も聞こえなかった。鉄を打つ音だけが、嫌に大きく聞こえていた。
「……」
 考えた。
 考えたくなかったけど、考えずにいられなかった。
 タルがいない、自分。
 食堂に行っても、毎朝笑って声をかけてくれる人がいない。
 不安になった時、側にいて、励ましたり、手を握ってくれたりする人が、いない。
 自分を呼ぶ声が。
 自分の手を握るあの体温が、もしなかったら。
 …どう、しよう?
 頭がグルグルして、うまく呼吸できない。
 もしも。もしもあの大きな温もりが、なくなってしまったら…。
 考えたことも、なかった。今までどうして考えなかったのか不思議なくらいだけれど。
 フィナにとってタルは。
 そんな可能性を考えることができないくらい、欠くことのありえない人だったのだ。

「…きもち、わるい…」
「フィナ!? おい、ホント大丈夫かっ!?」
「フィナ様っ」
 口元をおさえて、フィナが小さく咳き込んだ。
「おいあんた。あんたの武器は鍛え終わってないだろ? ここにいてくれ。俺はとりあえず、フィナを外に連れてく」
「……。仕方ない。折れてやろう」
「言ってる場合か」
 グ、と口を押さえたフィナが落としたお財布をシグルドに投げつけて、テッドは自分の弓を持った。
 フィナの片腕を自分の肩にまわして、半ば引きずるように鍛冶屋を出る。
 まだ咳き込んでいるフィナの顔はやっぱり真っ青で、テッドは柄にもなく慌ててしまった。




「大丈夫か」
 声をかけながら、軽すぎるフィナを運ぶ。テッドと背格好が同じくらいなのに、なんて軽い。
 船着き場に行く少し手前で。
「フィナ!?」
 タルが、慌てて駆け寄ってきた。
「あんたか。ちょうどいい」
 テッドはホッとして、フィナをタルに預けた。
「なんだよ、何があったんだ?」
「話をしていたら、突然気分が悪いって言って…」
「フィナ、おい、フィナ?」
 タルはひょいとフィナを抱えてあげてしまい、頬をヒタヒタと叩いた。その頬は、冷たかった。
「…、あ…」
「判るか、フィナ。聞こえるか?」
「…タ、ゥ」
 搾り出すような声で、フィナは彼を呼んだ。
 タル。
「ここにいる。大丈夫だ、もうふさがなくていい」
「…?」
 テッドはタルを不思議そうに見る。
「…、っ、…あ…」
「酸素をめぐらせるんだ。大丈夫、ここは暗くない」
 フィナの手が震える。
 閉じた目から涙を流しながら、フィナは苦しげにノドをおさえる。
「ぅ…ぅ…」
「フィナ、フィナ。ちゃんと目を開けろ。息をしろ。ここは水の中なんかじゃない」
 タルはフィナの手を握ったり、背中をさすったり頬を包みこんだり、とにかくフィナの名前を何度も呼んだ。

「…っ、は…! ゲホッ! ケホ…」
 フィナは、薄く目を開いた途端、激しく咳き込んで、必死に呼吸をし始めた。
「は…はぁっ…ケホ…。ご、めん…タル、」
「…いや。もう大丈夫だな……良かった」
「…大丈夫なのか?」
 テッドが心配そうにフィナの顔を覗き込む。
 ちらりとタルに目配せすると、タルは少し疲れたように話し始めた。


「フィナはさ、ちっさい時、溺れた事があるらしいんだ。」
「……」
「溺れて、流れ着いて。拾ってもらったのが、フィンガーフート家だ。
 はじめは水を見るのも怖がって、大変だったらしい。何しろ島国だからな」
「じゃあこれは…」
「ああ。…防衛本能ってヤツ?」
 まだ少し息の荒いフィナを見つめながら、タルは優しくフィナの髪を梳いた。

 テッドは。
 何か、何かとても、納得のいかない思いを感じた。
 こんなに細くて、軽くて、優しくて。
 体も弱くて。…本当にリーダーなんて出来るのだろうか。
 ただ、押し付けてるだけじゃ、ないのか…?
 どうして、フィナがこんなに苦しまなくちゃならないんだろう。
 テッドはぎりりと、歯を食いしばった。

「テッド、さん…」
「何だ」
「ごめ、なさ…」
「…」
 何を謝っているんだろう。テッドは訝しげにフィナを見た。
 フィナは、まだ涙の残る目で不安そうにテッドを見上げる。
「めい、わくを…」
 ごめんなさい。
 もう一度フィナは言って、その瞳は閉じられた。
 閉じられる間際に見えた。
 海でおぼれたときに海を飲み込んでしまったかのような青い瞳は、少し赤くなってしまっていた。
「できれば、あんま言わないでくれるとありがたいんだけど」
「…なら、何故俺に話した」
 よっ、と言いながらフィナを大切そうに抱えるタルは、らしくなく苦笑した。
「あんたなら、受け入れてくれるって思ったんだ」
「……」
「悪いけどさ。俺がいない時は見ててもらえないかな」
 もちろん傍を離れることは、できればしたくないけれど。
 タルはフィナに目を落とす。幼すぎる顔が、そこにはあった。
「…リーダーになっちまったしなぁ、フィナ…」
 たとえば軍師の一言で、タルは容易にフィナから離されてしまう。
 どんなに望まなくとも。
「…ま、頼むわ」
 考えを振り切るように、タルはカラリと笑ってそう言った。







ここまで読んでくださった方はいるのでしょうか・・!
携帯から始まり、メッセで終わったリレー小説ですー。
もんのすごいカップリングカオス状態ですが、タル主前提、フィナ作品という事で・・・
話が纏まらないのはメッセ特有。ご愛嬌!
それでも、朔氏が色々付け足して下さってなんとかなったのです・・。サンキュー!(笑
フィナの設定、色々つめこんでます。最後らへんとか
尻切れトンボで申し訳ないですが・・!
ちなみに二つあわせて43KB?破壊的だ(笑

10/3/Sun------キノ
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