甲板に行く気にもなれず、タルは部屋に戻った。
「ん? 早かったな」
「おう」
 部屋に入ると、ケネスが読んでいた本から顔を上げて迎えてくれた。
 ドサッとベッドに倒れこんだタルに、ケネスは首を傾げる。
「フィナと何かあったのか?」
「んー」
「最近、あまりここに来ないな」
「あー」
「…タル、心当たりはないのか」
「うー」
「タル!」
「…あったらなー、俺もどうにかしてるんだけどなー」
「…」
 タルはもぞもぞと動いて、顔をケネスへ向ける。
「心当たりは、ないんだな?」
「ねぇんだよなー少なくとも、俺には…」
 枕をギュウギュウと締め付けながら、タルははぁ、と情けないため息をつく。
 心当たりが、あるとすればそれは。
「フィナはもう、俺の手なんざいらねぇんだろ」
「…」
 ケネスは、そんなことはない、と即座に否定した。
 だがそれを口にすることはできなかった。
 フィナの本当の気持ちが、ケネスには正しく解らないだろうし、もしかしたら何か理由があったのかもしれない。
 軽はずみに否定など、できはしなかった。
「…今、フィナは何をしてるんだろうな」
「釣りしてる。俺がしてたら、テッドと来た」
「…そうか」
 なんだかなんだで、わりとフィナのことを知っているタルにケネスは苦笑する。
 早く、以前のような2人に戻れたらいい。
 ケネスは、やれやれ、と息をついて本に視線を戻した。
 タルはあーだかうーだか、なにやら悶々としているようだ。




 結局マグロは釣れなかったけれど、それでも2人で食べるには多すぎるほどの魚が釣れた。
 バケツを2人で持って、最後までテッドに石を投げて遊んでいたトラヴィスに声をかける。
「お前も食うだろ」
「…もらう」
「ニィ」
 トラヴィスと猫の答えを聞いて、テッドははあ、と息を吐いた。それはどこか、仕方ないなぁ、という響きがこもっていた。
 フィナは、そんなテッドにクスクスと笑う。
 なんだかんだで、仲がいいのだ。
「いっぱい、釣れたね」
「でもマグロは釣れなかったな」
「…また、頑張ろう」
 フィナの言葉に、テッドはそうだな、と頷く。
 降りてきたトラヴィスに半分持たせ、猫はフィナが預かって、3人はフンギのところへと向かった。


 大量の魚を、フンギは喜んで料理してくれた。刺身に煮付けにお吸い物。
 3人は、豪華な食事に大変満足して、それぞれ部屋へ戻った。




 部屋に戻り、けれどやることがなくて、フィナはふらりと甲板へ向かった。
 すでに日は落ちてかなり経っていたので、そこには誰もいなかった。
「……」
 ザァン、と船に当たる波の音を聞きながら、フィナはテホテホと甲板を歩く。
 きっと上では、ニコが相変わらず見張ってくれているだろう。
 ここからでは見えないが、フィナはありがとう、と心の中で感謝を述べた。

 気持ちの良い風が頬をくすぐり、フィナは船の一番先で、ぺたりと座り込んだ。
 夜は、好きだ。
 朝ももちろん気持ちよくていいけれど、夜の静謐さもまた、フィナにとっては心地よい。
 目を閉じて、ゆっくりと息をする。
 そうすると、まるで世界に溶け込んでしまったかのような気持ちになれた。
 個人ではなく、世界全てと繋がっていられるような感覚。
「……」
 そうしていれば、少なくとも、彼の居ない孤独に耐えられた。

「…っ、」
「風邪ひくぞー」
 と、バサッと毛布をかけられて、突然現実に引き戻される。
「あ…」
 タル。
 うまく名前を呼べなくて、口だけを動かしてフィナは彼を呼んだ。
「じゃな」
「っ、え」
 フィナは、くしゃりと笑って背中を向けたタルに驚いて、思わず手を伸ばした。
「っ…」
 だが、それは、タルの背中に触れる直前で。ピタリと、止まった。
 背中が離れていく。
 かけられた毛布は暖かい。
「…」
 この手を伸ばして。
 また、彼を盾にするのか。
 この手を伸ばして。
 守れもしないままに守られるのか。
 この手を。
「…あのさ、フィナ」
 フィナの頭と心が言い合っていると、少し離れたところで背中を向けたまま、タルは立ち止まった。
「っ…」
「忘れんなよ、お前、1人じゃないからな」
「……」
「たまには頼れよー」
 ヒラヒラと手をふって、おやすみ〜、と言って。
 離れる。
 背中が。
 声が。
 あの、大きな温もりが。
「…タル!!」
「っ、フィナ?」
 もう、耐えられなかった。
 彼のいない日常も。
 彼の声が聞こえない一日も。
 自分以外に向けられる笑顔や視線や言葉を知らぬふりをすることも。
 日数にしてみれば、数えるほど。
「…ごめ、なさい…」
 ギュッとタルの服をつかんで、フィナは謝る。
「…」
 タルは、背中に感じるフィナの手の温もりに、ああフィナだ、と感じた。
「なあ」
「…」
 ゆっくりと、フィナを不安にさせたりしないように気をつけながら、タルは背中の手を外させて、向かい合う。
「何でだ?」
 タルの問いに、フィナはタルを見上げて、それからくしゃりと泣きそうな顔になってタルに抱きついた。
「っ、ぁかった…!」
 怖かった。
 この手に守られるばかりでどれほど傷つけたのだろう。
 一緒に来てくれて嬉しかった。
 だけれど少し前。眠ってしまったタルの手を見て、驚いた。
 傷だらけだったんだ、痛々しいくらい。
 そんなことちっとも言ってくれないから。
 いつも、笑っていてくれたから!
 フィナは、そこで愕然とした。
 自分はタルに頼ってばかりで、その手を傷つけさせてばかりだったのではないのか。
 まるで役に立たない自分が、ここまで来れたのはきっと彼のおかげによるところが大きくて。
 だけれどフィナはそんなこと望んでなんかいなかった。そんな、彼を盾に自分を守るようなことしたくはなかった。
 だから、もう、傍にはいられないと思った。
 頼っちゃだめなんだって。
 だけど。
 だけどタルは。
「…フィナ?」
「……ごめ…っ」
 たまには頼れと。
 まるで何でもないことかのように言ってくれた。
 これは甘えだと、もう1人の自分が言った。
 けれども、無理だった。
 たった数日。
 それなのに、普通に、ただの知り合いとして彼と接することがこんなにも苦痛で。
「…フィナ。泣くなよ」
「…っ、ぅ…」
 いつのまにか流れ出した涙は、タルの服をしっとりとぬらした。
「もう怖くねぇぞー」
 俺がいるからな!
 タルは、たすたすとフィナの頭をたたきながら言った。
 温かく、ゆるやかな何かがフィナの中に流れ込む。
「タル…、タル…!」
「おう」
 この声を。この温もりを。この手を。失いたくない。
 フィナは、胸の奥に生まれた、初めての感情にただただ涙を流した。
 頭を、背中を。いたわるように、いつくしむようになでる手がただ、愛しかった。








えと、”フィナ”作品はここに置く事が多いかもしれませんw
そんなわけで、朔さんの書いて下さったタル主小説・・!
テッドとトラヴィスは私のリクだったりしますw
へろへろに参ってる私に恵んでくださいましたw
掲載OKという事で、こちらに。
・・・自サイトより同盟の方に作品が流れそうな予感です・・(笑

9/24/Fri------キノ
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